泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

小さな疑問

真のお父様の聖和後いろんな変更がなされましたがその度に小さな疑問と違和感を感じていました。


最初に感じたのは神様の呼称が『天のお父様』から『天の父母様』に変わった時です。まず思ったのは ‘’神様は本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体だから神様に父性と母性があるのはわかるけど…でも被造世界に対しては性相的男性格主体なんだから『天のお父様』ではいけないんだろうか?‘’ ということでした。

そのような疑問を持ちはしたのですがそのころの私はまだ純粋に本部を信じ、いろいろあったとしても責任者を信じ、勿論真の父母様は一体であると信じていたので疑問を突き詰めて考えることはしなかったのです。ただ違和感はずっと続き『天の父母様』という呼称には全く情がいきませんでした。


次に驚きと疑問を感じたのは天一国国歌が変わった時です。天一国歌が『栄光の賜物』に決まったと聞いた時、大好きな聖歌だったのでとても嬉しかったのです。お父様によって書かれた由来も知っていたので本当に国歌にふさわしい歌だと思いました。

所属教会では練習もしてました。譜面が二通りあるので統一しますとちゃんと配られてずれないように練習しました。

それが何か表面的な軽い歌詞の歌に変わってしまいがっかりしました。ずっと情がいかず教会では仕方なく歌っていましたが家や車の中ではよく『栄光の賜物』を歌っていました。その後本部から小冊子で変更の理由が述べられていましたが “そんなことがメシアが決められた国歌を変える理由になるだろうか?”と全く納得がいきませんでした。


その後もいろんな変更がなされていきます。私は何が起きているのか知るよしもなく末端食口として従っていくのみでしたが心の奥底に打たれていく‘’疑問‘’ という点は少しずつ増えていきます。そしてその点はやがて線になっていくのでした。


今日はこの辺で。また書かせていただきます。




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