泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

「御言訓読と霊界動員」第1章 訓読会に関するみ言 第1節 訓読会の意義と目的 ①

🔵 真のお父様のみ言


訓読会の「訓」は「言偏」に「川」です。川の水が流れるのと同じです。水は動けば動くほど、それが水蒸気になり、万宇宙に緑地帯をつくり、すべての動物が生きていける栄養素を供給します。そのような事実を考えるとき、問題は、雨が降ったり雲がかかったりする、このような循環運動をしなくなれば、自然はすべて砂漠地帯になるということです。

私たちの心霊世界も同じです。水蒸気や雲が地と海まで覆って青くすることを考えるとき、循環運動ができるように、これを繰り返すことによって、皆さんの息子、娘の家庭や地上に生きるすべての家庭が緑地帯のような家庭になり、天の相対的家庭になるのです。水も青く、平原も青く、空気も青くなければなりません。循環運動をするようになれば、青くなるのです。良く育つ木は、栄養素をしっかりと受けて、循環運動を速く、広くする木です。そのような木は、良く育ち、青くなるのです。

訓読会の「訓」はそのような意味であり、「読」は「言偏」に「売る」という字です。売らなければなりません。もっていれば大変なことになります。売らずに品物を積んでおき、腐らせてしまえば罰が当たります。お金をもらって売らなければなりません。お金をもらうことができなければ、すべて分け与えるのです。み言を売れば、自分の息子、娘になります。商売の中で、そのような商売はありません。千年、万年、種となって自然に繁殖するので、み言が流れていくのです。そのようにして、どんどん拡張しなさいという意味があります。ですから、「み言を売りなさい」というのです。これが訓読会の本然の意味です。

( 1998・2・1 )



訓読会は何かというと、サタン世界と天の国の世界を分けて、別々のものにする剣です。皆さんの家庭でも訓読会をするとき、喜ぶ人と嫌がる人がいます。喜ばないので、これを喜ぶようにするために、どのようなことでもしなければなりません。

( 1999・8・8 )



伝統を、どのように立てなければならないのでしょうか。先生の生きてきたすべての内容が、伝統です。ですから、伝統を伝授するために訓読会を始めているのです。

訓読会のみ言は、過ぎ去っていく言葉ではありません。皆さんが地上に着地できる、あらゆる実践教材であることを知らなければなりません。

伝統を相続しなければなりません。そして、伝統を知って実践しなければならないのです。その伝統は、昼も夜も受け継がなければなりません。その伝統を受け継がせるための教育が、訓読会です。伝統を教育する場所なので、それを知れば、先生と天が苦労したその道に拍子を合わせて行動し、自分自身の国と家庭を設定しなければなりません。これは非常に重要なことです。誰も干渉してくれません。皆さん自身が中心にならなければ、霊界が協助できる時代も過ぎ去っていくことを知らなければなりません。

( 1999・6・26 )








初心に帰って訓読に取り組んでいきたいと思います☺️







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