泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

本流回帰ー正統信仰に戻って

10月も半ばとなってだいぶ秋らしくなって来ました。つい最近まで暑い日も多かったので今頃慌てて衣更えをしたりしています。


最近讃美歌CDを聴いて癒されています。「聖霊来たれり」「キリストにはかえられません」「いつくしみ深き」…etc. 大好きな曲です。


また週に1回数名で集まって勉強会をする折に、聖書の拝読もするようになりました。目下新約聖書の福音書を読んでいる所です。読みながら改めて聖書の偉大さ、原理の素晴らしさを感じています。

その昔献身したばかりの頃、先輩食口に言われたことを思い出します。

「今のうちに聖書をしっかり読んでおいたらいいですよ。段々忙しくなってなかなか読めなくなるから。」


確かにその通りでありました。福音書はよく読みましたが、結局あちこち断片的には読むものの完読、通読できないままに今日に至っています。成約聖徒と言いながら、これでは恥ずかしいと以前より思っていましたが、これからはしっかり読んでいきたいと思っています。


そもそも旧約新約の土台の上で成約聖徒となるべきはクリスチャンであった訳ですが、1945年当時キリスト教が失敗したため、摂理は第2イスラエルであるクリスチャンから第3イスラエルである統一教会に移っていました。そして今統一教会(家庭連合)の失敗により再びクリスチャン(福音派プロテスタント)が浮上して摂理に用いられるようになって来た訳ですが、そのことは今ペンシルベニアの亨進二代王様の周りにはっきりと目に見える現象として現れています。


お父様御聖和後、徳野会長は「お父様が霊界に行かれたのでこれからペンテコステが起きます!」と語っておられましたが、私は「いつまでたっても起きないなあ。お父様は今どうしておられるのだろう…」と思ったりしていました。いろんなことがわかってみれば、お父様を背信した家庭連合にペンテコステが起きるわけはなく、今亨進様の周囲で次々に起きている訳です。これからはクリスチャンがどんどん伝道されてくるのだなあ、と感無量ですが、一方で家庭連合食口のことを思えば複雑で胸痛い思いです。


いつの頃からかはっきりとはわかりませんが、教会は段々と本来のユダヤ・キリスト教を土台にした成約信仰からずれていってしまったのだと思います。お父様御聖和後のみ言の改竄や伝統や教義の変更などはあまりにも明らかですが、その前から聖書を軽視し、原理のみ言以外のいろんなものを取り入れながら、初期の頃の清らかな霊界ではなく、雑多でこの世的な霊界になっていったような気がします。書写やホ・オポノポノ、コーチング…etc. 責任者が変わる度にいろいろやることが変わっていきました。それ自体は決して悪いものではなかったと思いますが、私は何故原理講義、原理教室をしないのかと思っていました。祈願礼式もよくしていましたが、実績を出すために、ということでどうしてもご利益的になっていたように思います。


そして段々と祈らなくなったのではないでしょうか。私の所属教区では夜精誠祈祷会というものがありましたが、実績に繋がるような講話や映像が殆どで、最後に申し訳程度に数分祈るだけでした。

主人曰く「あれは、精誠祈祷会ではない」「教会から清さがなくなった」



うちに勉強に来られる婦人食口の方が、讃美歌で癒されたり、聖句に感動したり、亨進ニムが歌われる姿に「お父様みたいですね」と涙される姿に、私も慰労を受けています。聖霊の恩恵を感じるのです。信仰の初期の頃、感動が多かった頃に戻った感じです。


いつの頃からか、家庭連合では、礼拝で清さや感動、恩恵を感じなくなっていましたが、今サンクチュアリで感動に満ちた日々を送らせていただいています。お父様の改竄されていないオリジナルのみ言、家庭盟誓、天一国国歌…etc. 伝統を守ってくださった亨進二代王様、国進様に心より感謝いたします。



先日の記事で原点回帰という言葉を使いましたが、私たちの原点は神様、イエス様、再臨のキリストであるお父様、聖書、原理のみ言であり、今日のタイトルにした本流回帰はユダヤ・キリスト教、旧約・新約の土台の上の成約信仰、という意味で使いました。それをしっかり踏まえて実体化できるよう努力してこそ真の天一国国家を為していけるのではないかと思います。



本流回帰し、正統信仰に戻れたことで、本心が喜んでいます。

神様と三代王権に心より感謝申し上げます。







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