泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

聖歌7番 統一勇士の歌について

朝、裏山の木々の間でさえずる小鳥の鳴き声を聞きながら洗濯物を干していましたら、ふっと頭の中に聖歌のメロディが流れてきました。時々こういうことがありますが、今朝のメロディは聖歌7番の「統一勇士の歌」でした。最近歌っていませんでしたが、この曲は大好きな聖歌の中の一つでしたので懐かしく、また新鮮な思いがしました。メロディもですが、詩がとても好きでした。



まだ若い頃兄弟姉妹と共に、希望に満ちて元気よくこの歌を歌っていたことを思い出します。今あの兄弟姉妹達はどうしているでしょうか。今も希望に満ちて元気よく過ごしているでしょうか。そうであることを祈るばかりです。



この歌の詩は1962年にお父様によって書かれたものです。素晴らしい詩だと思います。



1. 心情の因縁で世界は生き

一つに結ばる本然の縁

永遠に授受するわれらの故郷

幸の礎のもと千代に生きん

われらは誇れる統一の勇士

強く愛して勇み進まん



2. 永遠の心で光彩を放つ

創られし万物の栄光の灯台

生命が溢れる本然の人格

理想の価値で花咲かせん

われらは誇れる統一の勇士

強く御旨立て勇み進まん



3. 秩序の基に真実を立て

永遠を約する変わらぬ価値

高く立てらる真理のしるべ

揚々たる善き日をほめ讃えん

われらは誇れる統一の勇士

強く叫びて勇み進まん


4. 東に明ける輝く文化

全ての民は同胞と

願いし善き父母永遠に侍り

誓いて成さん一つの世界

われらは誇れる統一の勇士

強く理想に勇み進まん




お父様の御聖和後の統一家における混乱、韓お母様と幹部による信じ難いような行為、悪化していくばかりの韓日関係、世界情勢… そのような現在の状況を目の当たりにした時、この歌の詩が虚しく感じられる食口がいるかもしれません。


しかし私はこの聖歌に込められたお父様の精神は永遠であると思います。そして私たちも今は若くはなく、それぞれに大変な事情を抱えて生きているかもしれませんが、この聖歌を希望を持って力強く歌っていた頃の心情や精神を決して忘れることなく、前を向いて歩き続けなければならないと、そのように感じてやみません。


摂理は延長し今は艱難の期間の只中でありますが、三代王権が立たれていることがどれ程の希望であるでしょうか。この地上に真のお父様の代身者・相続者であられる亨進二代王様が立たれ、真のカインとして支えておられる国進様と共に力強く摂理を牽引しておられます。



サンクチュアリの兄弟姉妹の皆さんは今日も伝道に救国運動に精誠を尽くしておられることと思います。そのような方々と共に歩めることも本当に感謝です。



この歌の作詞をされたお父様の精神とご心情を偲びながら、これからもこの聖歌を愛していきたいと思います。







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縦の糸と横の糸

一人の食口がまた真のお父様の権限圏に戻って来られました。この方は2月に書いたブログ記事「真実を知りたい」で触れた方で、当時「家庭連合には行かない、他のところにも行かない。でも真実は知りたい」と言っておられたのですが、天の導きによって帰って来られました。



具体的には、数人の方の投入によって少しずつ少しずつ導かれて来られました。家庭の中でも孤立した立場、環境におかれ、ネットはされず情報を得られることもなかった訳ですが、この方には心情因縁のある方がサンクチュアリに複数準備されていました。昔からの信仰の友、アベル的立場におられた方、学生時代の同級生などです。そういう方々がいろんな角度から彼女の永遠の生命と幸福を願って投入していかれました。私も及ばずながら祈祷リストに挙げて約2年間祈らせていただきました。



この方には沢山の横の糸があったと、心情の蜘蛛の巣があったと言えます。自分で調べて神様とお父様が何処におられるのか必死で求めて、自ら行動された訳ではありません。サンクチュアリに来られる方にはいろんな導かれ方があるかと思いますが、この方はいわゆる横的心情因縁によって導かれたと言えるかと思います。



過去を振り返ってみますと、私たちは縦的信仰、神様と真の御父母様に対する信仰とアベルに対する中心性を尊び、兄弟姉妹間の信徒の交わりを軽視する傾向があったように思います。よく「あの人は横的だから…」とか「ヨコヨコの情報」とかあまり良くない意味で使われていたと思います。私自身もかなりそのような価値観に染まっていたことを感じます。



しかし今回この方のことで、私は兄弟姉妹の愛が、信徒の交わりが本当に貴いものだと実感しました。彼女の孤独な魂を救ったのは責任者・牧会者・中心者などと呼ばれる方々ではなく、彼女のことを心から心配し愛する, 横的関係にある友人達だったのです。



複数の横の糸に引き上げられながら、少しずつ変わっていかれ、それでも多くの迷い、ためらい、逡巡を経て、そして最後には自ら決断されました。その結果はとても感動的なものでした。


今私はその横の糸を彼女のために準備してこられた神様のご苦労、配剤、その深い愛に涙する思いです。横の糸を自在に用いて駆使しておられたのは、紛れもなく神様の縦の糸でありました。



お父様の権限圏に戻られたその方の表情は明るく、生き生きとしたものでした。新しく出発されましたので、これからは過去のいろんな傷が癒されていかれるかと思います。





天のお父様と三代王権に心より感謝申し上げると共に、すべての兄弟姉妹が早く戻って来られることを心よりお祈りいたします。






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幼な子のような心

寒暖の差が激しい最近の気候ですが、季節は確実に巡り桜は散って、若葉が美しい季節になりました。新緑の輝きに元気をもらうこの頃です。


昨年12月「本心の叫び」というタイトルの記事を書きましたが、その中で触れさせていただいた方が先日お父様の権限圏に戻って来られました。一人また一人と導かれて来る方々は、説得されたり引っ張られて、というのではなく、自らの本心の声に従って来られます。紛れもなく神様、お父様がすくい上げておられることを感じます。


お一人お一人歩んで来られた人生、信仰路程はそれぞれですが、皆さん共通しているのは謙虚な心を持っておられることでしょうか。それまでの教会生活における人間関係や激しい摂理に揉まれて傷つき、いろんな思いを持たれていたとしても、神様とお父様の前に自分は足りない者だ、というへりくだった心情を持たれ、決して「私はこれだけやってきた!」と自らを誇るような姿ではない方々です。



そのような方々に接する度に、聖書の次の箇所を思い出します。



〈 マタイによる福音書第18章 1〜 〉


そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った。「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか。」すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた。


「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないだろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。しかし、わたしを信じるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方がその人の益になる…… 」



また、堂々巡りの悩みの中で苦しんで来られた方が、笑顔で新しく出発される姿は感動的で次の聖句が思い出されます。



〈マタイによる福音書7章7節 〉


「 求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。」



神様に〝天のお父様!〟と呼びかけ、真のお父様が作詞され天一国国歌と定められた「栄光の賜物」を賛美し、改竄されていない家庭盟誓を唱える。それだけでも、霊界が晴れて重苦しい心が解放されていくことでしょう。



永田正治教授の新しい講話の動画が出ていました。


「異端・家庭連合からの解放 / サンクチュアリ教会への道 」です。


早速視聴させていただきましたが、とてもわかりやすく素晴らしい内容でした。多くの方が見られて家庭連合の現状を知り、何が真実かを自ら確認されて、お父様に帰られることを切に願うものです。




すべての兄弟姉妹に天の導きがあり、三代王権に繋がられますよう心よりお祈り申し上げます。







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