泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

公職者の方へ

最近やたら聖書に関わる言葉が頭に浮かびます。今日は “ パウロの回心 ” 、“ ゲヘナ ”という言葉でした。そして家庭連合の公職者の方々のことをしばし考えさせられました。一つには澤田地平さんの2・5の動画を見たからかもしれません。そしてまた、聖書を開くことになりました。


私と家族は家庭連合を退会して約1年になりますが、かって懇意にしていた公職者の方とはまだ僅かながら繋がりがあります。直接お会いする機会は本当に少なくなりましたが、年賀状であったり、SNS

であったり…お互い率直に授受してるわけでも本音を伺ってるわけでもありませんが、感じるものがあります。そして公職者と一口に言っても今の家庭連合の状況の中にあってお一人お一人のその内面は実に様々なのではないかと思っています。


その中で本心において亨進様のされてることは間違っていない、と思っている方もいるのではないかと感じています。しかし、それを表明すれば家庭連合にとどまることができず、職を失ってしまう、家族を養うことができなくなってしまう、また老後生きていけなくなる、だから現状維持で行くしかない、自分を殺して何とか納得させてこのまま行くしかない、そう思っておられる方が少なからずおられると思います。


中には独生女神学を信じ、お母様が発信される「私は胎中から無原罪、お父様は原罪があった、そして私が救ってさしあげた」ということを本当に信じておられる方もおられるかもしれません。それこそ魔法にかかっておられるのでしょう。


ここではそういう方ではなく、また開き直って “ 仕方がない、このまま行くしかない ” と堅く決意しておられる方でもなく、信仰的良心を持って悩み、葛藤しておられるような方に聖書の言葉を贈りたいと思います。


それは、次の聖句です。



〈マタイによる福音書 10章28節〉


「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂もゲヘナ(地獄)で滅ぼす力のある方を恐れなさい。」



そして素晴らしい日本の諺にこのようなものがあります。


「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」



お父様はこう言われました。


「道は必ずある。見つけ出しなさい。」(み旨の道)




また、今日 “パウロの回心” という言葉も浮かんだので使徒行伝を読んでみました。


〈使徒行伝 第9章 1〜9節〉


「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛り上げて、エルサレムに引っ張って来るためであった。ところが、道を急いでダマスコの近くに来た時、突然、天から光がさして、彼をめぐり照らした。彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。さあ、立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声だけは聞こえたが、だれも見えなかった。サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。そこで人々は、彼の手を引いてダマスコに連れて行った。彼は3日間、目が見えず、また食べることも飲むこともしなかった。」


このような体験をしてサウロ(パウロ)は回心し、劇的に変わってイエス様を神の子と証していくようになります。どうしてこれが浮かんできたのだろう、これからパウロのような人が現れるのだろうか、と思わされますが、考えてみればパウロは生前のイエス様にお会いしたことがありません。ということは、これからは、お父様にお会いしたことがない方が、力強くお父様をメシア、再臨主と証していくようになるのではないでしょうか。現にアメリカでは福音派のクリスチャンが立ち上がってきています。かって摂理から外れていた第2イスラエルが再び用いられるのではないかと思います。



公職者の方々は一般食口を指導する立場なので責任が重いです。誤導した責任はどうやって取るのでしょうか。その食口と先祖、子孫の永遠の生命がかかっています。恐ろしい立場です。


これまで天に積まれて来た貴い宝を失わぬよう、大変な諸事情はあられるかと思いますが良心、本心を裏切られない選択をなしてくださいますよう、お父様に帰られますように切に切にお祈りいたします。未熟な者が偉そうなことを書きましたが、公職者の方々が苦労して天に積んでこられた功労を失ってしまわれることはとても心が痛いのでこのようなことを感じるままに書かせていただきました。


ある韓国の副教会長が、悩んで悩んで必死にお父様に祈られて、霊的にお父様に出会われて亨進様の元に来る決意をされた証を思い出します。公職者の方々に天の導きがあることをお祈りいたします。

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