泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

情報の選択

ブログ村を訪問するようになってそれまで経験したことがない程教会に関する沢山の情報に接するようになりましたがそのことは同時にその中から良質な情報を選択していく必要があることを意味しました。“良質な” と言うのは人によって定義が違うかもしれませんがまず真実であること、また発信する動機が善であることなどが上げられるかと思います。


主人に「それが正しいかどうかどうやって判断するんだ?」と言われた私はあることを思い出しました。それは若い頃にあるアメリカ人に言われた言葉です。“新聞などの記事は事実、推論、書き手の判断の3つが入り混じってる。どれが事実でどれが推論、判断なのかちゃんと押さえて区別して読まないといけない。そうしないと偏向した記事の場合影響を受けてしまう” とアドバイスされたことがあったのです。


それから記事を読む時はできるだけ事実と確認できることを押さえるように努力しました。とは言ってもそれだけが総てではなく好感が持てるというか感性で惹かれる記事もありますね。そういう人のブログはよく読ませていただきました。そして今そういう方たちがサンクチュアリに来られてるのを知ってやはり心性、霊性のようなものが相対してたのかなあと不思議でもあり嬉しく思っています。


そして何より大事なのはお父様のみ言に照らし合わせて確認することだと思いましたので本棚に収まって長いこと読んでなかった本を引っ張り出して読むということが続きました。「み旨と世界」「祝福家庭と理想天国」「宗族的メシア」など久しぶりに読んで恩恵を受けました。疑問に思ってきたことに答えを見出したかったので深夜まで祈祷室にこもりスマホを見たりみ言を読む毎日でした。時折部屋を覗いてくる娘に「お母さん、またスマホしてる!やり過ぎ!のめり込んじゃダメだよ!」と言われながら。(それまで私が娘に言うセリフだったのですが‥‥😆)


そのような日が続くうちに私は今までの疑問と違った別の問題にも出会うようになるのですがそれがお母様のことであり清平に関することでした。そしてそのことは幹部の不正などとは比較にならないくらい私にとって大きな試練となるのでした。


それでは、また。





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