泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

“ 禁断の” ネット情報

スマホを持つようになって少しづつ操作にも慣れていった私ですが統一教会の公式ホームページや

清平のホームページを開いて見ることはあってもそれ以外の統一教会関連の内容を検索して見ることは一切ありませんでした。具体的なことは何も知らなかったのですが漠然とネットでは誹謗中傷しか書かれていないんだろうと思っていました。イメージとしては週刊誌に書かれたりテレビのワイドショーで取り沙汰されるような内容です。そういう類のものを見ても気分が悪いし時間の無駄だと考えていました。


教会でも “ネットは悪 ” という共通の認識のようなものがありました。受講生がネットを見て躓いて来なくなることがありましたし私の伝道していた女性もネットで教会のことを調べた家族に猛反対され結局来れなくなってしまいました。そういうわけで実際見たことがないにも関わらずネット悪玉論に強く影響されていました。しかしこれは主に婦人食口に言えることでインターネットを使い慣れてる壮年や青年は別ではないかと思います。


そういう私がブログ村を訪問するようになるにはあるきっかけがありました。それは同じ教会のある男性食口が教会に来られなくなったことに端を発しています。そして教会長や婦人部長の話によるとその理由は神山会長の講演会に行って影響を受けたからだと言うのです。その方は公職経験のある立派な信仰者で長年知っているので人柄もわかっています。そういう身近な食口が教会に来なくなるというのはとてもショックなことでした。 “ 一体どうして? 神山会長講演会って? あの神山会長が何を話されたの?” と疑問だらけでした。


そしてさらに疑問を持つようになったのはその後集会などで神山会長のことが他のいわゆる分派、霊的集団と同じように問題人物として言われだしたことでした。だいぶ前に聞いたことのある “郭グループ” という言葉も出てきました。


私はこのことに身近な人が関わっていなければあるいはそのまま通り過ぎたかもしれませんが長年のお付き合いで家族もよく知ってる家庭であり決してそのままにできませんでした。離れた理由を知りたい、影響を受けた神山会長の講演会って一体どんな内容なんだろうか、そういう思いからそれまでしたことのない“ 禁断の” ネット情報にアクセスするようになったのです。


私はある晩おそるおそる “ 神山威” と入れて検索してみました。すると神山会長の講演文に行き着くことができました。その講演文はとても長くて前半は斜め読みしましたが後半の内容は私がそれまで疑問に思ってた内容とも関わっていていろいろと示唆を与えられました。そしてこの日をきっかけに私のネットに対する先入観や偏見は取り払われて自分が疑問に思ってることを解決するために自由に調べるようになったのです。


今日はここまでにします。それでは、また。






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御子女様は何処へ

お父様の聖和後だいぶ時が経った(いつ頃かはっきり記憶にないのですが)ある日、一人の姉妹から電話がありました。住んでいる地域も所属教会も違い滅多に会う機会がない先輩家庭の姉妹ですが昔宣教地で共に活動し心情はすぐに通じる、そんな関係の方です。

彼女がいつになく真剣な雰囲気で私に聞かれるのです。「ねえ、私忙しくてなかなか教会に行けないからあなたに聞くけど御子女様は一体何処に行かれたんですか?」


彼女はなかなか教会に通えない分月刊誌 “Today's World” を隅々まで丁寧に読まれててそれまでは頻繁に掲載されてた亨進様や国進様の記事が全くなくなってしまったんだ、と言われました。

そう聞いて私もはたと思いました。“ そう言われれば教会で公式行事の映像なんかを見ても最近お二人のお姿がみられないなあ、一体どうされたのだろうか‥‥“


数日後私は所属教会の教会長にそのことをお尋ねしました。すると驚くようなことを言われたのです。「そうですね〜。なんでも聞くところによるとお父様が聖和される時、訓母様とお母様が生命維持装置を外そうとされて子女様はそのことに躓かれたようですよ」

意外な内容に私は驚きましたがそれ以上詳しいことは教会長も知らないようでその話はそこで終わりましたが当時の私は “お父様の苦痛が余りにもひどいのを見かねて楽にしてさしあげたくてそのようにしようとされたのだろうか‥‥それにしても大変そうなお母様を子女様はお側で支えてくだされたらよいのに‥‥” などと考えていました。そしてこの件はまた一つの疑問として心に残るのでした。


そしてその後私はまたまたある理由で必要に迫られてFacebookなるものをしなければならなくなり娘に「Facebookって何? 教えて! お願い! 」などと泣きつき大騒ぎして何とかできるようになるのですがそのことがやがて亨進様のFacebookに繋がるきっかけになるとは夢にも思っていませんでした。


神様の導きは実に奥妙だとしみじみ思う次第です。

今日はこの辺で🌽

ガラケーからスマホへ

話は前後しますが私が長く愛用していたガラケーを止めてスマホに変えたのは2013年の初めの頃でした。これは自分が望んでと言うよりは副業としてやってる仕事上必要に迫られてのことでした。

仕事先から言われたので変えないわけにはいきませんが私自身は機械音痴だし保守的な人間なのでスマホを持つことはあまり考えていなかったのです。

当時同世代の女性で持ってる人は少なくたまにそんな人を見ると「わ〜、すご〜い!」と尊敬と憧れの眼差しで見ておりました😌 そんな私でしたので持ち始めた頃は大変でしたがこのことがその後の私にとって大きな転換点になるとは当初は知る由もありませんでした。


今思えば私は教会内情報弱者だったのです。自分が情報弱者だなんて思ってもいませんでしたが今ではそのことがよくわかります。

教会にいてそれまで私たち一般の末端食口が得る情報と言えばみ言の書籍、責任者からの会議報告、礼拝や集会で聞く内容、機関紙や映像から得るみ言や講話、などです。それだけでも結構な量であり

勿論全部の書籍をくまなく読んだりすべての集会に参加するというのは簡単ではありませんがそれは自分の都合であって教会から提供される情報自体は豊富であると私は思っていました。


問題は私たち末端食口に提供される情報では真実統一家においてまた真の御家庭において何が起きてきたのか、また現在どうなっているのか全く知らされていなかったということです。数年前ある元公職者の方とお話した時「教会の情報は統制されてきましたよ。お父様からのものであっても都合によって流したり流さなかったりするんです。」と聞いたことがありますが今になってどれほどひどくそれが行われて来たのかを実感しています。


私は幸いにしてスマホ(パソコンでもタブレットでもなんでもいいと思いますが)という情報ツールを入手するきっかけを得ることによりやがて情報弱者と言う立場から脱することができましたが家庭連合においては沢山の食口(特に婦人食口)がまだ何も知らず現実とはあまりにも乖離した認識で教会生活、信仰生活をしておられます。そして「ネットは見てはいけません」、「サンクチュアリに行った人と授受してはいけません」などと言われて囲いの中に入れられています。教会に真面目に通ってる食口であればあるほどこの状態で本当に皮肉なものです。


私は何とかして彼女達が真実に目覚めることができるよう毎日祈っていますが長年にわたる情報統制と刷り込みによる間違った認識から目覚めるのは簡単ではありません。

しかし、かってそうであった私が神様の導きによって目覚めることができたようにすべての姉妹たちが導かれること心から祈る次第です。


それでは、また。猛暑が続きますので皆様どうぞご自愛ください。







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