泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

災害の爪跡ー50日後の状況

11月に入り肌寒くなってきました。あちこちで紅葉の便りが聞かれるようにもなりましたが、心落ち着かない日々を過ごしています。


9月17日に九州南部を襲った台風18号により私が住む市も甚大な被害を受けましたが、今月の市報にその概要が掲載されていました。それによりますと床上・床下浸水した家屋は計1,299棟、半壊した家屋は535棟、全壊1棟。河川、道路、橋梁などの被害は166箇所、農林水産被害は452箇所、鉄道は今も一部は運転見合せでバスが代行輸送を実施、道路も通行止めや片側交互通行が続いている所があります。車は1,000台以上が浸水により使えなくなったと聞いています。被害総額は約40億になるようです。


私の行動範囲は決まっているので町の隅々の様子は分からず、中心地などはだいぶ綺麗になって一見元の姿を取り戻しつつあるようですが、復旧は道半ばでまだまだ大変なようです。災害ボランティアは今まで5,000人を越える方々が来られ奉仕してくださったのですが、高齢者の家庭、男手のない家庭などまだ手助けが必要でこの連休にもボランティアのためのバスが運行されるとのことです。


先日ある知人を訪問しました。以前近所に住んでいたママ友ですが、家を新築して他の町に引っ越して行かれてました。メールのやり取りで床上浸水したと聞いてずっと気になっていたのですが、なかなか時間が取れず、一カ月後の訪問となってしまいましたが、まだまだ大変だろうから陣中見舞いと思い、食品、化粧品、日用品を紙袋にいれて持参しました。顔を見て差し入れだけ、いなかったら玄関に置いていこうと思ってたのですが、ちょうど家におられました。

「昨日畳替えが終わってやっと綺麗になったのよ!今まで大変だったの!ちょうどよかった!上がって、上がって!」

とても喜んで迎えてくださいました。


当日家の前が川のようになりどのように水が家に入ってきたか、ご主人は会社を経営してる方ですが地域の消防団員でもあり、豪雨の中「俺は行ってくる!」と出かけられ心細かったこと、床上浸水したけど数センチだったのでまだよかった、フローリングは張り替えずにすんだ、車は二台ともダメになった…お茶とお菓子でもてなしてくださりながらいろいろ語られ、あっという間に時間が過ぎましたが、思ったより元気でたくましさすら感じホッとしました。「今車がないから買い物でもどこでも徒歩で行ってるの、でも運動になるからいいかな。車頼んでるけどもう前みたいに大きのは買えないから小さな軽にしたのよ。しょうがないよね…本当に何があるかわからないね。」


彼女は東北出身で3・11の大震災の報道に接した時は実家は無事でも、故郷の変わり果てた姿に大変ショックを受けしばらく家に引きこもっておられました。その後私がwfwpの活動で東北の被災地に送る

物資を集めていた時は積極的に協力していただきました。


帰宅後彼女からメールをもらいました。

「今日はありがとうございました。やっと家の中が片づいてホッとしていたところに来てくれて、お喋りして元気が出ました。また会いましょう!」



その他にも実家が商店街の方で商品が水に浸かり、押入れの中も雨漏りで大変な状態になった、跡片付けに追われている、電気製品は全部ダメになった、洗濯機はまだ土に埋もれてる…などいろんな話を耳にします。そういう中皆さん必死に働いて元の暮らしを取り戻そうと、町を復興させようと頑張っておられますが、頑張り過ぎて体調をくずし、病院では点滴を受けに来る人が多いという胸の痛い話も耳にします。



こういう状況の中一切被害を受けることのなかった自分は何をすべきか、ということを考えた時、ひしひしと思うのは家庭教会を成さなければ、ということです。今は明日トランプ大統領が来日される重要な時で歓迎のための活動を東京、そして各地で皆さんが準備しておられると思います。導かれるよう地方の片隅でお祈りすることしかできない自分ですが、今私の地域では伝道のための霊界が動いていることを感じています。


お父様は「蕩減と関係のない時間はない」と語られました。この地域で起こった災害、多くの方々の悲しみ苦しみ、苦労も意味あることと思います。このような中で三代王権に繋がりつつある方がおられます。またその方に続く方々がおられることも感じます。

神様の摂理、配剤は奥妙、深遠で私たちには計り知れない内容があると思いますが、そのみ意を尋ねながら歩んでいきたいと思うこの頃です。







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水害とサバイバル

大型の台風18号が日本列島を通過して10日が過ぎました。この台風は私が住んでいる地域に絶大な被害をもたらしましたが、このことを通じ実にいろんなことを感じさせられました。


台風が九州に上陸し我が地域に集中豪雨をもたらしたのは、わずか2時間程でしたがその雨の凄まじさが尋常なものではなかったのです。あれよあれよと言う間に家の周りの水かさが増し、一時は床上浸水になるのでは、と覚悟して主人と荷物を2階に運んだりしていました。家の前の車も浸水しそうになり、主人が膝まで水に浸かりながら他の場所に移動してくれました。携帯には避難指示のメールが来ていましたが、「移動が危険な場合は家の2階などに避難してください」とありました。


私は障害のある長女としばらく2階にいましたが、激しい雨の音、裏山から流れてくる凄まじい水の音を聞きながら不思議に冷静な気分でした。日頃亨進様の「備えよ」というみ言を聞いていたので2階には十分ではないにせよ飲料水、食料、日用品などを備蓄していたのです。「しばらくここを動けなくても大丈夫かな」「家が浸水しても命があればいいか」などと考えていました。「それにしても歴史的な9月23日の1週間前にこんなことになるなんて…これは艱難の序章かもしれない」という思いも心をよぎりました。


そのうち主人が「水が引いて来た」と言い、下に降りて窓から外を見ると雨足が少し弱くなったせいか増水が収まっていました。あと数センチのギリギリのところで浸水を免れて本当に感謝でしたが、その時はまだ周囲のことはよくわかっていなかったのです。


新聞やテレビ、またSNSなどで各地の様子、また自分の住んでいる県や市の様子が徐々にわかって来たのですが、なんと私が住んでいる市の被害が一番ひどかったのです。市内の2つの川が氾濫したことによって道路の冠水、家や車の浸水の被害が大変な数に及んでいたことを知り驚きました。他市では行方不明者も一人いるようでしたが、人的被害がほとんどなかったことが不幸中の幸いと言えるかと思います。


その日は、そして数日後まで氏族や知人、友人から安否を尋ねる電話やメールが入ったり、こちらからも尋ねたりしていました。テレビで報道しているので皆さんに心配していただきました。教会関係はサンクチュアリだけでなく、家庭連合の方や三男派の方からも連絡をいただきました。


その2日後に車で町を走ったのですが、あちこちに土砂や泥が溜まり、乾いた土が砂埃のように舞って様子が一変していました。断水してるので洗車もできず皆泥だらけの車で走っていました。災害ボランティアの車も走っていました。ちょうど私の前を走ってる車にはいろんなステッカーが貼ってありました。「頑張れ!気仙沼!」「頑張れ!福島!」「頑張れ!熊本!」「できる人ができることをする!」…etc. いろんな被災地に行かれ、今回は我が町に来てくれたんだなあ…と有り難く、最後の言葉には胸が熱くなりました。


我が家は市の水道ではなく、地下水を引き浄水器もつけていたので水の苦労はなく、家や車の被害もなく普通の生活ができましたが、周りは大変な様子でした。それで水をタンクやペットボトルに詰めてご近所に持って行ったり、何日もカップラーメンだけ食べてるお宅に料理を届けたり、ほんのささやかなことですが、できることをさせていただきました。主人は自営で住宅設備の仕事をしてますが

毎日あちこちから依頼があり、飛び回っています。日曜日は町内会で泥の撤去作業をしています。



そういう中9月23日には、かねてより帰省するように伝えていた他県の学校に通っている次女も一緒にネットのライブで天地人真の父母様 天宙完成祝福聖婚式に家族で同参させていただきました。夜11時から夜中の2時までの時間があっという間に感じられた、ただただ感謝と感動の式典でありました。韓オモニの真のお父様に対する背信という信じられないような現実に直面して以来、霊界のお父様が一人でおられることにサンクチュアリの食口は皆心を痛めてきたことと思いますが、康(姜)賢實お母様の不動の信仰と愛によって天宙に真の父母が再び立たれました。このことは神様お父様そして全天宙の喜びであり勝利であることを確信し、心よりお慶び申し上げます。


翌日サンクチュアリの姉妹から「昨夜見ましたか? この感動を分かち合いたいです!」と電話をいただきました。ペンシルベニアに行けなかった私たちも、ネット中継の恩恵で共に参加させていただいたことが本当に感謝です。



豪雨洪水から1週間、10日が過ぎて町も少しずつ落ち着いてきてはいます。水が出るようになったり、土砂や泥が撤去されたり、閉店していたスーパーが営業を再開したり、延期されてた中学校の運動会が開催されたり…しかしまだまだ大変です。復興にはかなり時間がかかることでしょう。市長は「市が始まって以来の大変な災害」と言われていました。特に床上浸水がひどく家に住めなくなった方々は公民館や公営住宅、親戚の家などにおられるようで苦労しておられます。商店街も浸水がひどかったので商品が水浸しになり、商売を続けることを諦めてる方もいると聞いています。



今回のことで改めてサバイバルのことを考えさせられました。これまで亨進様の説教やKing's Report

により沢山のことを教えていただき、艱難期間における危機について考えてはいました。災害、有事、金融恐慌…それらのことに備えていかねばならない、と。今回のわが町に起きた災害はもっと深刻な艱難にしっかり備えなさい、という神様の愛かもしれません。 亨進様が2世と共にしてくださってる平和軍平和警察の訓練は、もっともっと熾烈な試練にも対処できるように備えておられる内容で本当のサバイバルだと思います。そして私たちは亨進様が発信してくださる内容は神様、お父様からのメッセージだとして真剣に受け止めて準備しなくてはならないのだと感じています。




「何があるかわからない」今回の想定外の災害被害でわが町の方々の意識は大きく変わったことと思います。郵便局で2人の男性が立ち話をされてるのが聞こえてきました。「怖かった〜怖かった〜。

もうあんな思いはしたくない!濁流が凄い勢いで流れてきたんや〜。」

そして今回のことで自助と共助ということも考えさせられました。自分が備えることにより、より共助できるということです。今度の日曜はまた町内会での作業です。主人が軽トラ、作業着、スコップ持参で参加してくれます。自衛隊や災害ボランティアの方々にも本当に感謝です。



死者や怪我人がいなかったことは本当に不幸中の幸いでありました。神様に感謝いたします。この体験を教訓として今後に生かしていけるように、歩んでいきたいと思います。







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審判に関するみ言(再掲載)

昨年9月に審判に関するみ言をアップしましたが、そのみ言は心に強く残り、折に触れ思い出しています。その中で特に今の時に必要だと感じられるみ言がありますので(私個人の思いですが)再度揚げさせていただきます。いずれも「天運と聖霊の宿る八大教材・教本」の第3章 天一国入籍 第1節 審判と祝福 の中から抜粋させていただきました。



🔵 真のお父様のみ言


今、審判の日が近づいてきたので、私たちは患難と悲しみの峠を越え、死の祭物となり、新しい真理のみ言をつかみ、新しい人格となり、新しい生活理念を探し立てられる天的な真の愛を中心として動き始めなければなりません。そうしてこそ、真の生活をすることができ、生涯の目的を達成することができ、新しい永生の理想生活を出発するようになるのです。これは神様がされるのでもなく、イエス様がされるのでもなく、皆さん自身がしなければなりません。

( 1957・10・27 (1)終末と審判 )




歴史上に終末があるという話は、天を中心として見るとき、幸せな話です。審判という言葉は、悪い言葉ではなく、福音です。悲しみの立場から数千年間呻吟してきた歴史的な恨を解き得る、怨恨の心をもった息子、娘の恨を解いてあげられる一日にならなければならないので、そのような審判の一日が来なければなりません。

( 1972・11・5 (2)審判の意味 )



今日の人類は、全て鉄条網内に捕らわれています。もし、この東西南北にいる警備兵を全て倒し、鉄条網を全て撤去させられれば、人間は生き返ります。これを撤去させるための行使とは何かというと、大審判です。撤去しておいて、神様の一族は神様がもっていくのです。

審判とは、全てを火あぶりにすることではありません。今日のキリスト教が言うような、火あぶりにして殺すのではありません。殺すのなら、既に全て殺してしまったでしょう。鉄条網を断ち切って、行きたい所に行きなさいということです。

( 1962・10・28 (2)審判の意味 )



審判とは何かというと、清算です。清算して手本となり得るものをよく収拾し、新しい国家編成時代の偉業として、残しておかなければなりません。

( 1988・10・5 (2)審判の意味 )


終末には審判をします。「審判」という文字の意味を調べてみると、「審らかに(つまびらかに)調べて判断する」という意味です。正しくないものを打つということです。

( 1963・3・16 (2)審判の意味 )




実体がサタンの鎖から完全に抜け出すためには、神様の心情と一致しなければなりません。そのためには、神様の愛を根拠として、神様の血統を受け継ぎ得る位置に立たなければなりません。み言を成し遂げるためには、実体がみ言と一つにならなければならず、実体がサタンの鎖から抜け出すためには、神様の心情と一つにならなければなりません。この心情が神様の心情としてのみ残るためには、神様の愛から出発して生まれたという立場に立たなければならないのです。そうでなければ心情的解放を受けられません。

( 1971・4・30 (4)審判と祝福 )


最も大切なことは、勝利できる息子として生まれるためには、勝利できる血統をもたなければならないということです。勝利できる血統をもたなければ、勝利できる心情をもつことができず、勝利できる心情をもてなければ、勝利できる実体として生まれることができず、勝利した実体にならなければ、勝利したみ言をもってサタンを審判し得ないのです。

( 1971・4・30 (4)審判と祝福 )


祝福を受けることが、どういうことか分かりますか。相続です。血統的な相続の因縁を結ぶのです。

ですから、どのようにしなければなりませんか。み言審判、人格審判、心情審判です。これを全て経なければなりません。

最後に残るのは天の血統です。天のその血統が、皆さん個人と、皆さんの家庭、氏族、民族を中心に直接通じ得る、その基準をつくっておかなければなりません。

( 1964・9・18 (4)審判と祝福 )





今日の昼過ぎに北朝鮮が核実験を行なったという緊迫したニュースが飛び込んできました。あまりにも深刻な時ですが、時を越えて身にしみるお父様のみ言をしっかりと胸に刻んで歩んでいきたいと思います。






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