泉のほとりに

聖歌38番のように私たちの内なる力を湧きたたせ御国を目指していきましょう。共に泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。

幼な子のような心

寒暖の差が激しい最近の気候ですが、季節は確実に巡り桜は散って、若葉が美しい季節になりました。新緑の輝きに元気をもらうこの頃です。


昨年12月「本心の叫び」というタイトルの記事を書きましたが、その中で触れさせていただいた方が先日お父様の権限圏に戻って来られました。一人また一人と導かれて来る方々は、説得されたり引っ張られて、というのではなく、自らの本心の声に従って来られます。紛れもなく神様、お父様がすくい上げておられることを感じます。


お一人お一人歩んで来られた人生、信仰路程はそれぞれですが、皆さん共通しているのは謙虚な心を持っておられることでしょうか。それまでの教会生活における人間関係や激しい摂理に揉まれて傷つき、いろんな思いを持たれていたとしても、神様とお父様の前に自分は足りない者だ、というへりくだった心情を持たれ、決して「私はこれだけやってきた!」と自らを誇るような姿ではない方々です。



そのような方々に接する度に、聖書の次の箇所を思い出します。



〈 マタイによる福音書第18章 1〜 〉


そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った。「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか。」すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた。


「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないだろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。しかし、わたしを信じるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方がその人の益になる…… 」



また、堂々巡りの悩みの中で苦しんで来られた方が、笑顔で新しく出発される姿は感動的で次の聖句が思い出されます。



〈マタイによる福音書7章7節 〉


「 求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。」



神様に〝天のお父様!〟と呼びかけ、真のお父様が作詞され天一国国歌と定められた「栄光の賜物」を賛美し、改竄されていない家庭盟誓を唱える。それだけでも、霊界が晴れて重苦しい心が解放されていくことでしょう。



永田正治教授の新しい講話の動画が出ていました。


「異端・家庭連合からの解放 / サンクチュアリ教会への道 」です。


早速視聴させていただきましたが、とてもわかりやすく素晴らしい内容でした。多くの方が見られて家庭連合の現状を知り、何が真実かを自ら確認されて、お父様に帰られることを切に願うものです。




すべての兄弟姉妹に天の導きがあり、三代王権に繋がられますよう心よりお祈り申し上げます。







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